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中国 |
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門を入ると正面に"永陵"のこんもりとした墳墓が見えます。ガイドブックに「12人の力士が並ぶ」とあったので、どんな様子なのかと興味津々で墓室内に入りました。 中は前後3室からなっていて、一番広い中室には巨大な石棺が置かれています。いつもながら一人でお墓の中にいるのは何となく薄気味悪いのですが、幸いここは係員の説明つき(もちろん中国語ですが)。見学者と着かず離れずで見て歩きました。
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王建墓から杜甫堂へもタクシーで移動したのですが、このTAXIの運転は体当たり的で乗ったとたんに助手席に座ったのを後悔したものです。草堂へのくねくねとした路地では荷車や通行人を轢きそうで、ヒヤヒヤ・ハラハラし続け。門の前で降ろされたときには、「命拾いをした」気持ちにさせられました。アー、疲れた。
もっと鄙びた場所かと思っていましたが、観光客が引きもきらない"杜甫草堂"。 門をくぐった途端、良い匂いに誘われて右側の茶店に。空腹だったので、100円ほどのお弁当で腹ごしらえをしてから見学を始めました。でも、「ここが入り口かな?」と入ってみると土産物店だったりして、どこに"竹林の中の庵"とやらがあるのやらわかりません。再度入り口の地図を見てみると、なんだ"草堂"は敷地の左奥にあるんじゃありませんか。
その流浪の悲劇詩人が、「生涯で最も心穏やかに暮らし、200篇以上の詩作をした」と言われている成都での4年間。それを静かに偲ぼうと思っても、彼は本国でも愛されているようで、復元された"庵"の周辺は団体客、家族連れで溢れている。かつて玄宗皇帝に仕えた彼が、"小皇帝(一人っ子政策の中国での、子供の別名)"の椅子役とは ! 困惑気味で微笑ましい、現代の杜甫さんの姿でした。 |
ご存知「三国志」の名宰相"諸葛孔明"。彼の「天下三分の計」により劉備らが建国した蜀は、成都を擁する四川盆地を中心とした地域を指します。この史跡は孔明を祀る"武侯祠"と言われていますが、最初は劉備のお墓に付随した"昭烈祠"だったようですよ。その人気が主君を上回ってしまって、お堂の中の孔明さんはハラハラしているかもしれませんね。
彼のお堂は主君劉備に遠慮して "昭烈祠"の背後、一段低い所に建てられています |
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