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ガーナ |
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友人が休日に車を出してくれました。日帰りしかできないと言われたので北部は諦め、西海岸にあるエルミナへ。ここは植民地時代の城(というか要塞か牢屋ですね)で、アクラからケープコースト経由で200キロ弱。新車同然のパジェロで快適に飛ばし、2時間ほどのドライブでした。
15世紀から18世紀まで続いた奴隷貿易。初期には美しいビーズ玉と物々交換で、その後は文字どうり動物のように狩られて産業革命のヨーロッパ、砂糖キビプランテーションのためキューバなどカリブ海の島々へ、綿花産業の新大陸アメリカへと人々は連れていかれました。
奴隷貿易の積み出し港だったエルミナ城 このころヨーロッパ各地で、模様入りの美しいガラス玉が盛んに作られました。ガーナの博物館には、ヴェネチア玉と呼ばれるイタリー産のビーズが数多く展示されています。 インドネシア、ジャカルタの博物館には という解説文とともに、ペルシャ、ギリシア、ヨーロッパから海上貿易で運ばれてきたビーズ玉が展示されていました。その「美しい物」が人身売買に用いられるようになってしまうなんて悲しいですね。 日本では江戸時代"トンボ玉"の名で親しまれ全国に広がりました。長野県の安曇野に「 とんぼ玉博物館」があり古代からのトンボ玉が常設展示で見ることができます。 |
それを思うと背筋がゾクっとして、怨念と匂いがこもっているようなこの場所には長くはいられませんでした。現在の周囲の景色がのどかなだけに、当時の悲惨さが胸に染みて来るようでした。
エルミナ城から見た海。ねっ、ビーチリゾートみたいでしょう |
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友人の家で初めて口にしたガーナ食が「ケンケー」。これは発酵させたトウモロコシの粉を練って皮に包み蒸したもの、日本のちまきか笹団子をご想像下さい。味はといいますと、少し発酵させてあるのでうっすら酸味があります。これを、辛いチリーソース(ケンケーを買うと付いてきます)などにつけて食べます。
納豆と同じにこの酸味で、「2度と食べたくない」派と「病み付き」派に別れるようです。彼女は「病み付き」派らしく朝食でよくこれを食べました。トマトや玉ねぎのすりおろしをこのチリーソースに混ぜるとさっぱりして結構いけましたよ。
当時もそうでしたが、今でもどちらがどちらかよくわからないのです。多分私が好きだったのは「フーフー」の方だと思うので、そのつもりで説明をします。キャッサバ、プランテーン(バナナの一種)などを茹で、日本の餅つきの臼と杵ではなく「お月様の上でウサギが餅つきをしている」あの形の臼と杵でつく。 これを適当にちぎりスパイシーな「オクロスープ」などにつけて食べます。オクロとはオクラのこと、あちらのは日本の数倍はあろうかという巨大オクラでこのスープは飛び切りおいしい。このスープにはチキンやカニ、魚入りもありました。 |
20ドル取られたラゴス空港の待合室で10時間過ごした時、暇に任せて「マン・ウォッチング」をしていました。するとひときわ目を引く民族衣装で歩いている人がいるではありませんか。それも何人も。
ガーナにきて、男性しかあの服を着ていないことがわかりました。女性の服ですか?こちらの女性はグラマーです。彼女達のボリュームはいかほどかといいますと、お尻の出っ張りは赤ちゃんが乗っかるほどですし、胸もそれに呼応するかのように「ボン」です。服はその出っ張りに引っかけるように作ってあるものとか、それを強調するようなデザインの物がほとんどで、とても私には手が出ません。
「男の服だからアフリカでは着ない方がいいよ。」と言われましたが、「日本で着るから」と、色と刺繍のデザインを変えて数点作ってきました。 この写真では不鮮明で分かりにくいですよね。もう少し大きな画像を服のカタログ編に載せていますので、ご覧下さい。 |
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