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奴国の丘奴国・伊都国・末盧国 |
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と魏志倭人伝に記述の見える「クニ」末盧(まつろ)。ここは又、日本で最初に稲作が行われた場所でもありました。唐津末盧館は、ズバリその菜畑遺跡に建てられた施設でした。
入り口ホールには、日本最古の証明となった菜畑遺跡出土の炭化米が、まるで宝石のように飾られています。その奥の特別展示室は「魏志倭人伝のクニグニ」がテーマ。末盧国(唐津市)を中心としたクニグニの遺跡からの出土品が展示されていました。 「2階は暑いですからこれをお持ちください」と受付で手渡されたウチワを片手に、"菜畑遺跡"の世界を見て歩きます。菜畑遺跡の発見・日本最古の稲作跡・菜畑ムラの生業・祭りと住まい・・・とテーマわけされた展示は簡潔で好感が持てました。
菜畑遺跡のジオラマ模型では、水田で働く人・漁をする人など、人々の生活ぶりが生き生きと表現されています。特に興味をひいたのは、祭壇に彩文壺を供えて執り行なったと目される稲作祭りの様子。祭器用の彩文土器が、後に銅鐸や銅鏡に変わっていくのが連想されるようなシーンでした。 |
入館料 : 大人200円 小人100円
TEL : 0955-73-3673
所在地 : 唐津市菜畑3359-2
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千余戸あり。世々王ありて、皆女王国に統属す。郡使の往来、常に駐する所なり。」
伊都国資料館 今回の九州行は急だったので、"ガラス製の壁"が「糸島半島付近の墳墓から出土」としかわからないまま唐津まで来てしまいました。末盧館で聞くと「"壁"のことは知りませんが、伊都国資料館に行けば何かわかるでしょう」と、資料館のある井原への行き方を教えてくれました。 教えられた通り、深江から大野城二丈線に入り井原に向かいます。後で知ったのですがこの道が、末盧国〜伊都国〜奴国と魏志倭人伝のクニグニを結ぶ古代の道だったようです。ここから日向峠を越え、須玖岡本遺跡・太宰府へと道はのびています。
入館者を狙う(?)古代人 石庭を前にした資料館の展示室は2階。階段を上がってふと前を見ると・・・、こんなしゃれた仕掛けがしてありました。これから資料館に行ってみようという方、館内に入ったらまず上を見あげてご覧下さい。 |
入館料 : 大人210円
TEL : 092-322-7083
所在地 : 前原市井原916
(私のパソコンでは"オオヒルメノムチ"の漢字変換が出来なかったので、井手氏の著書「太陽の妻(オオヒルメノムチ)の墓」の字をデジカメで撮らせてもらいました。なお「貴(むち)」とは神に対する最も尊い呼び方だそうです。) 太陽の妻=オオヒルメノムチ=天照大神(?)。まるで異次元の世界に迷い込んだようで、「一体この部屋は何 ?」と周囲を見回すと、ずらりと並んだ銅の大鏡たち。中でも白眉は、直径46.5センチという「八咫鏡」。銅鏡と言うと給仕盆サイズの物だと思っていたので、この鏡の大きさにはビックリです。
「咫」 : 周代の長さの単位。一咫は大尺で約八寸、今の約十八センチメートル。 見学しているうちになんだか不思議な興奮に包まれてくる、ここは発掘者原田大六氏の、執念のこもった「平原遺跡出土品展示室」でした。こんな資料館は初めて。関係者各位の情熱に、敬意と感謝を表したいと思います。 |
太陽の妻の話は初耳で、展示品を見ている内にまるで魔法にかけられたような変な気持ちになってきました。伊都国では"壁(へき)"より八咫の鏡とアマテラスを追いかけた方が良さそう。そろそろ帰らないと飛行機に間に合わないのですが、「車で10分ほどですよ」と言われたので平原(ひらばる)遺跡まで行って来ました。
出土品をほぼ実物大に陶板に焼いたという、陶壁画 工事現場の駐車場、風の広場で車を降りると周囲は、人家が迫る山側に石碑と陶壁画があるのみ。あとはなだらかな南斜面の野原が広がっています。ここで一際目立ったのは、「平原弥生古墳にはオオヒルメノムチ(天照大御神)が埋葬されました。」 と言う実にリアルな看板でした。
"陶壁画の朝日"は、日の巫女が拝んだ日向峠方面のものでしょうか "ガラスの壁(へき)"を尋ね歩くうちに、何かに導かれるようにアマテラスのお墓に辿りついてしまった今回の旅。なるべく早い時期に、天孫降臨神話の可能性をも秘めたこの地を再訪したいものと、ただいま図書館で原田氏の本を借りて勉強中です。 |
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