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ペルー |
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チチカカ湖といいますと葦の浮島ウロス島が有名ですが、ここでは是非シュスタニの遺跡とタキーレ島を付け加えて頂きたいと思います。
プレインカの墳墓、チュルパの残るシュルスタニ(シルスターニ)遺跡はプーノから車で40分ほどの3900メートルの台地に広がっています。眼下に真っ平らなウマヨ島を擁するウマヨ湖を見下ろしていると、異次元の空間か別の惑星にでも迷い込んでしまいそうな気すらしてきます。このウマヨ島はガイドブックに「まるで UFOでも発着しそうな・・・」と表現されるほどで、遺跡全体が神秘的な雰囲気をたたえています。
「キウィ」のような味をしたサボテンの実を食べながら歩いたこの遺跡、観光客はいるのにそれぞれが物思いにでもふけっているようで「シーン」という音が聞えるのではないかと感じるほど静かでした。チチカカ湖畔プーノのお勧めポイントです。
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タキーレへはプーノから4時間の船旅。寒いと言われる島に渡るためにプーノの街角で物売りさんからセーターを買いました。値段ですか?交渉の末の1000円でした。マーケットでは400円で赤いフェルトの帽子を買って旅行中かぶって歩き、今はフクロウ君の頭上に納まってすっかり 山小屋の主になっています。
その船頭さんの前に私の空袋を差し出しましたら少しおすそ分けをしてくれました。 これをかんでいると高山病予防になるんですって。なにしろここは標高3812メートルあるのですから。 島に上陸した人の第一関門は村までの急な階段です。素晴らしい景色を楽しみがてら、息を整えゆっくり登りましょう。登り詰めたところが村の入り口になっていて、かなりの人数の村人たちがならんでいます。ここで入村料(約200円)を払い宿泊したい旨を伝えますと、先頭にいた女性がすっと私の前に立ちました。ははーん、ここでは村民全員に順番で民宿させるシステムをとっているようですね。宿泊費は約100円でした。 案内された彼女の家は、中庭をはさんで3つの背の低いたてものが並んでいました。 どれもが「ブー・フー・ウー(3匹の子豚)」の泥の家のようにみえます。1つは家族用、1つはかまどがあって台所、もう1つが客用で今晩の私の宿です。これは2mX8mほどの細長い建物で、厳しい気候に耐えるためか窓はありません。入り口の反対側に土を固めて少し高くしているのがベッドで、ござが敷いてあるだけです。これでは、「寝袋が必要」とガイドブックに書いてあったのも無理はありません。 明かりがなく暗いので「ロウソクは?」と尋ねると、「店にある。」と手を出されました。そりゃ、お店にはあるでしょう。お金を渡すとすぐに買ってきてくれましたが、「残しておけば彼らが使えるだろう。」と思うと燃やすのがもったいなくて、その日は早めに寝てしまいました。 |
翌日は村の中央広場にある民芸品売り場に行ってみました。ウワサに違わず、島独特の模様を織り出したベルトやポシェット、手編みのカラフルな帽子などはどれも素晴らしい。目が慣れてくると作者によって(値段の横に作者名が記入されています)模様の細かさ、仕上げの方法などに差があるのが分かってきました。
ここでは当番制で店番をしているらしく、本日の店員さんがしきりに自分の作った作品を勧めます。が、彼のは少し作りが荒いのです。そこで敬意を表して彼の作品を1つと細い糸で精巧に模様を織り出してある他の作者のポシェットを買う事にしました。このポシェットは上手な方の作品です。本日の買い物合計13ドル也。 |
地上絵を見るためにはどうしても空からでなければいけません。あるガイドブックには「遊覧飛行の会社が増え供給過剰になったため値下げ合戦が行われている。」と書いてあります。「30ドルでホテルつき」ですって、これはラッキー。
と、勇んで入ったナスカの街。まずは情報集めに歩きますが、なにか変です。どこの旅行社に問い合わせても「50ドル」というのです。「ン、話が違う。」「又日本人料金?」とも考えたのですが、スペイン語の親子連れも同じことを言われています。
どうやら
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翌朝、町はずれの飛行場に行くと、大型乗用車ほどのセスナ機に案内されました。 私を含む5人の乗客をのせ、いざ「テイク・オフ」
五分もたたないうちに操縦士が右手を指して叫びます。「アストロ・ボーイ!」
ウァー、右手の丘の斜面に宇宙飛行士です。それからは次々に「ホェール(鯨)!」
「トライアングル(三角形)!」「ツリー(木)!」「ハンド(手)!」と叫び指差し、低く旋回してくれます。どちらサイドにも平等に見えるように、右回り、左回りと両方。
最初は歓声を上げ続けていた機内が、ハチドリ、コンドル、と絵が進むにつれだんだん静かになってきました。地上絵最大といわれる「モンキー!」(猿)の所にさしかかるころには、「お願いだから旋回しないで、まっすぐ飛んでくれませんか。」と頼みたくなるほどの気持ちになってきます。なるほど、座席のビニール袋はこのためのものだったのですか。 翌日ナスカの町を歩き、昼ご飯を食べた店で何気なく「地上絵を見たことあります?」と聞いてしまって「いいえ」と返事された時「ドキッ」としてしまいました。地上絵を見るために50ドル出せる人がこの町にどれだけいることでしょう。マチュピチュも同じです。彼らの祖先が残した遺産なのにあの威容を目の当たりに出来るインディオはほとんどいないことでしょう。何か、悪い事をしてしまったような、そんな気持ちになってしまいました。 |
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ナスカで水にあたり体調があまりよくありません。リマに帰る前に休養もかねてリゾート地パラカスに滞在することにしました。お目当ては「ミニガラパゴス」とも呼ばれているパジェスタ島です。
パラカスの沖合いには南極からフンボルト海流が流れてくるので、その寒流にのってアザラシやペンギン、アシカなどがやってきて住みついているという話です。パジェスタ島には上陸はできません。ホテル・パラカスの桟橋から出る遊覧船にのって海上からの見学です。往復2時間のこの遊覧船の料金は30ソル、約2100円で高原列車と同じでした。
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カンデラブラ 朝8時、船が沖に向かうとまず目に飛び込んでくるのがこの「燭台」。この絵の全容は空か海からしか見えないと聞くと、「誰が、いつ、何の目的で。」などと俗っぽいことをつい考えてしまいがちですが、ここでは50メートルはあるという巨大な燭台を風景の一部として楽しむ事にしましょう。 |
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パラカスから1時間弱、前方に島が見えてきました。あれがパジェスタ島です。 船は入り組んだ島に沿うようにして進んでいきます。小さな入り江、洞窟の中、岩の上、いたるところにアザラシがいて船が近づくと「ガォー」と威嚇してきます。なかには海の中まで追いかけてくるのまでいて迫力がありました。動物園や水族館で見るのとは大違いです。 (*)
絶壁には名前も知らないものすごい数の海鳥がいて、それらが飛び交う様は圧巻でしたね。ペンギンを見かけた時は船が本当に近くまで寄ってくれたので、愛敬のあるしぐさをじっくり観察する事ができました。 |
このページを最後まで見て下さってありがとう。大変お待たせいたしましたが、ここでやっとペルー原産の農作物を紹介することが出来ます。以下はペルー大使館でいただいた資料からの抜粋です。
ペル編ーとトルコ編は旅情を誘うのか反響(メール)が最も多いページです。先日、「1997年12月から1998年1月にかけてペルーを旅行しました」と言う東京在住のWさんからお便りをいただきました。Wさんがまとめて下さった1998年1月現在のペルー情報を皆さんにお届けいたします。
(*)印 写真資料提供:ペルー大使館 |
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