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チベット |
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チョモランマに続く雄大な山岳風景、山村の人々の笑顔と衣装、峠にはためくタルチョ、チベット仏教のマンダラや仏像達。 地図上では「戻ってきた」のですが、感覚的には、チョモランマBC越えの1週間のキャラバンの末やっと辿り着いた、「遥かなる都ラサ」>。"セブン・イヤーズ・イン・チベット"風に言うと、「禁断の都ラサ」です。憧れだったポタラ宮の前に立つと、成都から累々たる山並みを越えた時の、「違う文化圏に来たんだ」という高揚感が再びよみがえって来ました。
チベットの象徴 : ポタラ宮 白宮(政治を執り行う場)と紅宮(歴代ダライ・ラマの霊塔などを安置した宗教的な場) 中国は「大きな星を取り囲む、4つの小さな星の一つがチベットだと言うのですが…(中国国旗をご覧下さい)。実際に風土文物に接し歴史を調べると、「ここは別の国」だという感を強くしてしまいました。チョモランマにひかれてチベットに行きましたが、今魅力を感じているのは伝統文化・宗教と、特にその死生観。長い年月に培われたそれらの叡智は、必ずや21世紀に生きる人間の助けになるものと信じます。
信者達が継ぎ足すヤクのバターで神秘的な光を放つ:バター灯明
宮殿内は暗いので「ヘッドランプの用意を」と言われていましたが、仏像の表情や宝物の細部を観察するには、焦点が絞れる手持ちタイプのライトの方が良さそうです。 見学時に注意すべきはカメラ撮影。宮殿内は原則として「撮影禁止」ですが、各部屋ごとに定められた撮影料を払えば話は別です。 但し、その料金は様々で、どれもが入場料より高いのです。撮影したい方は、部屋のどこかに貼ってある料金をまず確認して下さい。ちなみに、2000年5月現在の撮影料は
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チベット編の参考にした図書
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ガイド氏の説明を要約すると、「7世紀、吐蕃(チベット)の統一を成し遂げたソンチェン・ガムポはラサに遷都。領土を接することと成った周辺諸国とは婚姻政策を採り、唐から迎えられたのが文成公主で、ネパールからはティツン王女。仏教に深く帰依していた彼女達は、占星術で地相を占い、山羊(ヤギ=ラ、土地=サ)を使って湖を埋めて、ジョカン寺を建立した」。
チベットで最も崇拝されている寺院 : ジョカン寺前で五体投地をする人々 本尊は、ティツン王女が持参した"十一面観音像"と、文成公主の嫁入り道具"釈迦牟尼像"
金色の法輪と臥鹿 : ジョカン寺屋上から、西にあるポタラ宮を望む 1959年3月、中国のチベット制圧軍はついにここラサまで迫りました。「聖なる寺院の中なら安全」とジョカンに逃げ込んだ多くの市民。平和への道を高度な文化・芸術にまで昇華させた稀有の民族、チベットの人々に浴びせられた砲火のことを、ここにお参りする人は頭の隅に持ってきて欲しいもの。
ダライ・ラマがインドへ亡命したのは、この時のことです。
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